圧迫療法を科学する

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圧迫療法を科学する

私たち静脈の専門家は日常的に圧迫療法を用いていますが、リンパ浮腫を専門とされる方々も圧迫療法に習熟しておられます。それぞれで圧迫の目的と方法が少し異なりますので、ここでは静脈のことだけ取り上げていきたいと思います。

 

圧迫療法というと弾性ストッキングが代表的です。メディ○ュットのようにドラッグストアなどで市販されているものから、医療機関で販売されているもの、最近はネット通販などでも見かけます。圧迫療法の目的である「筋ポンプ機能を助けてうっ血を防ぐ」ことを一番簡単に実現できるのが弾性ストッキングだからです。

 

ただ、私たちが圧迫療法に用いる道具はストッキングだけではありません。どちらかというと、圧迫療法の世界では弾性ストッキングの方が新参者と呼べるでしょう。実は日本人が昔から使っていた脚絆や軍隊で採用されていたゲートルにも同じような目的があります。それぞれ、ズボンの裾が引っかからないようにとか、虫・砂が入るのを防ぐとか、すねを守るとか違う目的もあったので、必ずしも圧迫のためだけに使われていたわけではないのですが、経験的に長時間の移動の際に疲れが減ることはわかっていたようです。

 

そして、医療の世界では包帯が使われてきました。今でこそ、柔らかい素材とかストレッチとか優しい包帯が多数ありますが、昔は硬い包帯しかありませんでした。普段はそう言った素材の進化に助けられているのですが、実は圧迫のためには硬い包帯の方が良かったんです。

 

ここからはとても難しい話になります。先ほど圧迫療法は「筋ポンプ機能を助けてうっ血を防ぐ」ために行うと説明しました。で、そもそもポンプって何なのか調べると「機械的に圧力の差を作り出して、液体や気体を吸い上げたり送り出したりする装置」とあります。一番身近なものでいうと心臓、その他にはビーチで浮き輪とかゴムボートを膨らませる時に使う黄色いポンプ、灯油を移す時に使う赤と透明のポンプあたりは使ったことがあると思います。どれも、圧力の差を使って流れを作り出しています。ポイントは圧力差なんです!

 

圧力差に注目して足の筋ポンプを見てみるとどうなるでしょうか?筋肉は休んでいる時は細長く、力が入ると太短くなります。そして筋肉が太短くなると圧力が高くなってそばを走っている静脈を押しつぶし、中に入っていた血液が上に流れるようになっています。逆に筋肉が細長くなると圧力が下がり、静脈が広がる際に下から血液を吸い上げます。

 

その中で圧迫療法はどのような働きをするのでしょうか?私は2種類の役割があると考えています。1つ目は静水圧の上昇。足は普段心臓よりも1mほど低い位置にいます。そして、血液は重力によって下へ引っ張られていますので、血液を心臓に押し返そうとすると、この重力に打ち勝って血液を1mも押し上げる必要があります。足の圧力を高くしておくと、この重力の働きを少し打ち消すことができるのです。

 

2つ目はポンプ効果の増強。筋肉が太くなったり細くなったりすることによって、圧力に変化が生じて血液が移動しているのですが、実は私たちの足ではこのポンプ効果のかなりの部分が損なわれています。皮膚や筋膜の硬さに問題があるのです。筋肉を包む筋膜や皮膚が十分に硬ければ、筋肉が太くなったことによる圧力はほぼ100%静脈に伝わるはずです。でも実際には筋膜や皮膚の硬さは十分ではなく筋肉が太くなった時に伸びてしまうので、圧力は逃げてしまうのです。圧迫療法によって筋肉の周囲に壁を作ってしまうと、当然ですが筋ポンプの効率は改善します。

 

そして、特に2つ目のポンプ効果に関して、弾性ストッキングよりも弾性包帯による圧迫の方が優れていることがわかっています。理由は2つあって、1つは「圧力差」もう一つは「快適性」です。

 

「圧力差」に関しては、素材の性質が影響しています。弾性ストッキングで使用されている素材は、弾性包帯で使用されるものよりもはるかに伸展性があります。伸展性があるため、筋肉が太くなった場合に同じように太くなって、圧力を逃がしてしまい、細くなった時は同じように細くなるので一定の圧力を維持します。なので、弾性ストッキングを履いている方の筋肉が太くなった時と細くなった時の圧力差はほとんどありません。それに対して弾性包帯は素材の伸展性が乏しいため、太くなった時に壁として働き圧力を高め、逆に細くなった時には緩むので圧力が下がります。ですから、筋肉の動きによる圧力差が強調されることになります。「圧力差」はポンプの大事な要素ですから、圧力差のある弾性包帯の方が圧迫療法の効果が高いことは間違いありません。

 

「快適性」についてはひとそれぞれ感覚が変わりますので一概には言えませんが、少なくとも圧迫されている不快感に関しては弾性包帯が優れていることがわかっています。原因は先ほど挙げた圧力差です。実は弾性ストッキングとして販売されているものの圧力は45mmHg程度が上限です。それに対して弾性包帯をしっかりと巻いた場合は60mmHg程度の圧力になることがわかっています。圧迫療法の圧力は(問題を起こさない限りはですが)強い方が効果が高いことがわかっていますので、弾性ストッキングでもそれくらいのものを作って欲しいとお願いしたことがあります。実は作れるそうです。でも作らない理由があります。まず一つはその圧力のストッキングの脱ぎ履きはとても大変なこと、一つは着用中の不快感がひどいこと、そして動脈血流を阻害すること。これらの問題があるので60mmHgの弾性ストッキングは作らないそうです。逆に弾性包帯の場合は60mmHgといっても、常にその圧力ではありません。筋肉が太くなった時に60mmHgでも、通常はもっと圧力は低くなるので不快感が少なく血流の問題も生じません。

 

これらの理由から、弾性包帯の方が圧迫療法として優れていると言えます。じゃあ、なぜあれだけの弾性ストッキングが販売されているのか?理由は簡単で、患者さんが自分でできるからです。弾性ストッキングは患者さんが自分で着用することができますし、履いてしまえば圧力はほぼ一定の値になり、何よりも見た目が自然です。それに対して弾性包帯は、巻くのが大変です。患者さんどころか医師・看護師でも正しく巻ける方は多くありませんから、患者さんに巻き方を説明しても覚えてもらうのに苦労します。ですから、弾性包帯はどうしても必要な患者さんだけに使用することになります。

 

おおざっぱにいうと、簡単・確実に70点を取れるのが弾性ストッキングで、100点を狙えるけど30点もあり得るのが弾性包帯という感じです。ただ、真面目に下肢静脈瘤の診療をしていると弾性包帯は絶対に必要なものですから、患者さんには一生懸命説明をしています。まだまだ説明が及ばず、次の来院時にショックを受けることもありますが、分かりやすい説明になるように日々努力を重ねています。

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